人生85年時代のライフコース

国内の地域社会学分野で著名な徳野貞雄先生監修の『暮らしの視点からの地方再生:地域と生活の社会学』のなかの巻頭論文「人口減少時代の地域社会モデルの構築を目指して」を読んでみたら、地域コミュニティや農山村という広域的社会の持続可能性(サステイナビリティ)に関連する新しい見方がたくさんあり、とにかく面白かった。


新しい視点がたくさん得られたけれど、まずはタイトルの「人生85年時代のライフコース」について。


日本の高齢社会の様子を示すのに必ず出てくる3つの年齢グループに、年少人口(0−15歳)、生産人口(16−64歳)、高齢人口(65歳以上)がある。この定義を使って、年少人口と高齢人口を合わせたものが、子どもと高齢者に対する社会福祉の受益者であり、制度を支える生産人口に対する従属人口ということにされている。

特に総人口に対する65歳以上人口の割合の増加が医療・介護、年金、その他の高齢者を対象にした制度の運営に対して負荷増につながっている、というのが高齢社会における主問題として一般的に議論されている。最新の日本の高齢化率は27.3%(H29年度高齢社会白書)。


ただし、この議論の前提になっている3つの年齢グループの設定は、現実から乖離している、というのが巻頭論文のなかの指摘だった。


はじめに生産年齢人口のうち、15〜22歳の人口はまだ教育期間にいる割合が高い。15〜17歳の97%ほどが高校生であって、非生産年齢人口であり、18〜22歳の人口も2010年のデータで75%が大学、短大、高専、専門学校のいずれかへの進学者ということだ(徳野2015「人口減少時代の地域社会モデルの構築を目指して」)。この15〜22歳までの人口は生産人口から外して考えたほうがよく、むしろ消費を先導している世代になり、この消費が親である40〜50歳代の生産人口によって支えられている。


続いて、高齢者人口についても、今日の65歳は、「人生60年」として制度設計がされた1920年代や、都市化や集団就職があった1960年代の65歳とは大きく異なり、体力的にも健康で、技術・知識的にも高い能力を有しており、「老人」という表現がまったく合わない。65〜75歳くらいまでの健康で高い生産能力を持つ世代はこれまで存在しなかった新しい世代グループであり、著者は「プレミアム世代」と読んでいる。この世代の就労率をどのようにあげるのか、というマクロ的な視点もあるが、個人的にはこの年齢グループが賃労働や雇用労働に限らず、社会起業やNPOのような公益的要素の高い分野でアクティブな地域社会は素敵なだなと思った。


著者の従来の年齢グループを再定義することに加えて、最後にポイントになるのが、長寿化だと思った。H28年度の日本人の平均余命は、男性で84.95歳、女性で91.35歳だったことから考えると、「人生85年時代」と言えそうで、自分の場合を考えてみつつ、ざっくりと以下のようなライフコース割ができるかなと思った。


・0−30歳:子ども〜教育〜就労経験を経て一人前の大人になるまでの時期

・30〜65歳:仕事に趣味に社会参加にアクティブな時期・人によっては結婚したり家族を持ち子育てしたりの時期

・65〜75歳:第二のアクティブな時期・これまでのキャリアや経験などからの活動

・75〜85歳:これまでの制度で言うところのリタイヤ期・個々の健康の状態によって暮らし方は多様化


それぞれにまだ名前はないけれど、人口の長寿化、少産少死、多様なキャリア形成を含んだ多様なライフスタイルなどに代表される成熟社会においては、従来の幼年、生産、高齢という3つの年齢カテゴリーは意味を持たなくなってきている。同様の議論は、広井良典先生の『コミュニティを問いなおす』や東京大学高齢社会研究機構の『東大がつくった高齢社会の教科書』のなかにも出てきていたと記憶している(後者については間違っていたらすみません、、、)。


冒頭の論文に戻って、著者は『人口減少型社会を受け入れつつも持続が可能な地域コミュニティや農山村の広域的社会のありかたを研究してきた』と書いていた。私も同じ研究テーマを追いかけてきたので、この一文を見たときにはなんだかとてもうれしい気持ちになった。人口減少と高齢化という新しい現象は、社会の前提を問い直すことを引き起こして、その問い直しを通じて、社会が徐々に多様なライフスタイルや価値観を受け入れられる高い寛容性を育んでいくプロセスを誘引しているのだと思う。幼年、生産、高齢というような年齢グループの見方のように、従来のものの見方に執着してしまうと、きっと私たちの社会はより善くあることができなくなってしまうように思った。



(書き手:クドウ)






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